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父の命日
2月9日。

父の、20回目の命日。

高校一年生の2月。

私は、いろんなことで悩んでいた。
それは、当然誰もが通る道。

部活でのいじめ。
(同級生の部員が奇数だったため、私だけ仲間はずれにされた)

進路のこと。
(父は、地元の大学に行かせたかった。私は、都会に出たかった)

そして、時々肩を組みに来る、父のことをわずらわしく思ったりしていた。
(いわゆる思春期かしらね)

そんな、誰でもが通る、高校1年生の冬が終わろうとしているとき
それは、突然私の身に降りかかった

忘れもしない、朝方、

母の叫び声で、目が覚める。

時計を見ると、4時ごろ。

父と母の寝室に行くと、母が
「パパが起きないのよ!」

って、叫んでいる。

起きないのよって、、、爆睡しているだけじゃない?
なんて、思いながら、しょうがないなぁなんて、父の方に近づくと

真っ青な顔をした父

私は、「きゅ、救急車」って、119番を回した。

「救急車お願いしますっっ!!救急です!!早く来てください!!」
多分、救急の人は、「どうされましたか?」なんて、聞いてたと思う。

でも、覚えてない。

母がその電話を取り上げて、続きを言おうとしていた。
でも、母の方が言葉になってない。

電話を切った後、父のところに戻る母。
私は何もすることができない。

そうこうしていると、兄が起きてきた
「どうしたん?」

「パパが動かんの!」

それだけ叫ぶと、私は、家を飛び出した。
救急車を迎える為に

救急車が到着するまで、どれだけの時間だったのか覚えてない。

でも、多分消防署の距離を考えると15分はかかっていたと思う。

ようやく、到着した後、運んで貰えると思っていた私達を残して、もう一度救急車は出て行った。

そして、車で5分ほどのところにあるお医者さんを連れてきた。

そんなことなら、、、私達がお医者さんのところに直接電話したらよかったな




いつも風邪を引いたときにお世話になっているお医者さん
寝たきりのおじいちゃんのことを毎日のように往診に来てくれているお医者さん



そのお医者さんの口から聞いた言葉は、



「もう運べやんね」


そう。父は、突然逝ってしまった

死因は、心不全


一日も寝込むことなく


病院に行くこともなく




お医者さんが来てくれている間、そばにいなかった兄のところに行くと、兄は正座をして泣いていた

背中を向けて泣いていた


それから数日間のことは、今でも昨日のことのように覚えている



一日も寝込むことのなかった父を、せめて1日だけでも寝かせてやりたい

と、お通夜を次の日にと願う私達家族に、近所の人は、
「手伝ってくれる人たちが、仕事やすまないといけないから」

と、言う理由で、その日にお通夜をすることに決めてしまった。


一日も寝込むことのなかった父は、朝息を引き取って、その夜にはお通夜、次の日には荼毘にふされてしまった




和歌山にめずらしく雪が降った日

雪が積もった日

080209大雪


20年目の2月9日も、20年前のその日と同じように、和歌山にしては珍しく大雪が降った。

土曜日だけど、仕事が忙しいのと、週明けから移植のため休むので、仕事に行った私。

本当は、母とお墓参りに行く予定だったけれど、あまりにもたくさんの雪が積もったので残念。

その分、仕事をしながら母といっぱい父の話をした



今でも、父がいてくれたらなって思うことがないわけじゃない
でも、父が亡くなったから、今の私が居ると思う

父が亡くなって、2年生から入ることに決まっていた4年生大学進学クラスから短大・専門学校進学クラスに変わった

その時、友人も2人、一緒に変わってくれた

そして、大学進学して先生になることしか考えてなかった私が、就職に直結するようにと選んだ専門学校で出会ったたくさんの友人達。

他にも、本当にかけがえないの財産がたくさん


それら全てのものが、私は、父からのプレゼントだと思っています




長々と書いてしまいましたが、読んでくださった方、ありがとう。

私の思い出話に付き合ってくれて、本当にありがとう。
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テーマ:日々のこと - ジャンル:結婚・家庭生活

【2008/02/09 23:26 】 | 思ったこと。 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
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全てのものがお父様からのプレゼント
って思えるちぃちゃんは素敵です。
お父様もきっと今頃微笑みながらちぃちゃんとお母様の会話を聞いていたと思います。

来るのが遅くなっちゃったけど、移植は無事に終わったかな?
きっとちぃちゃんのお腹の中でフカフカベッドに潜り込もうとしてるところだね♪
あ~なんだかワクワクしちゃうよーv-10
高温期の連日注射通院は大変だけど、赤ちゃんのためだもんね。
頑張ってね!
応援してるよー!!!
by:しっぽな | URL | #zVpgn9mk【2008/02/13 12:12】 [ 編集] | page top↑
--しっぽなさんへ☆--
いつも優しいコメントありがとう^^

しっぽなさんの言葉にいつも力づけられていますv-22

うんうん!亡くなっても、こちらも想っていれば、相手もきっと想ってくれていると想うの。安心して見守って貰えれば本望だって想うよ。

きっと、しっぽなさんのお父様も、ね^^

移植、無事に終わりましたよ~♪また、もう一つの方にきちんとレスするね。
注射は、とりあえずお休み。膣坐薬と飲み薬だけで補充するみたい。
んで、土曜日のホルモン検査で、よくなかったら、注射も足すらしいよ。

なんでもこーーいっ!頑張るぜいっ^^
by:ちぃ | URL | #cx2uqrXY【2008/02/14 00:17】 [ 編集] | page top↑
--こんにちわ。--
もう、一ヶ月も前の記事に、
つい目が行き、コメントしてしまったのは、
父の命日が1日違いだったコト。。。

22年前の2/10でした。

あたしの父も、
突然あたしたちの前からいなくなった。。。
交通事故でした。

朝起きたら仏間で寝ていた父。
違うのは、もう起きないって事。
小学1年生の時でした。

同じような体験をされ、
同じような思いをされていたので、
驚きました。

あたしも思います。

父が亡くなったから、今の私が居ると思う

全てのものが、父からのプレゼント


お互い、お父さんが見守ってくれてる。。。
だから、がんばりましょうね。



そう、
父が生きてきた頃、
あたしも和歌山に住んでいました。



突然、失礼しました。。。
by:りえ | URL | #-【2008/03/02 23:08】 [ 編集] | page top↑
--りえさんへ☆--
コメント、ありがとう。

りえさん、辛い想いされましたね。
一日違い、それも、なくなった年度もあまり違わないだなんて、不思議な気持ちがしますね。

私は、もう16歳になっていましたが、りえさんは小学校一年生だったとのこと。

いろんなお辛いことがあったでしょう。

りえさんも、同じように感じられていたのですね。

辛い思いも、寂しい思いも、全て今の自分のための肥やしにできる。
その強さも、お父様が下さったものですよね。

確かに私達のお父さんは、早くに命をなくしたかも知れない。
でも、確実に私達の中に生きつづけていますね。りえさんの文章から、そのことが伝わってきて、すごく嬉しく思いました。

そして、ここでこうやってりえさんとコメントのやり取りを出来ているのも、お父さんが与えてくれた『縁』ですよね。

また、ブログにも遊びに行かせてもらいますね。

ほんと、お互い頑張りましょう。

ちなみに、、、私の主人は、学生時代山梨でした。思い出の土地です。

コメントくださって、本当にありがとう。
なんだか、他人とは思えないですね^^

by:ちぃ | URL | #cx2uqrXY【2008/03/04 00:27】 [ 編集] | page top↑
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